輪島朝市と飛騨高山宮川朝市
― 朝市文化がつなぐ復興への願い ―
長年続く朝市同士の絆
石川県輪島市の「輪島朝市」と、岐阜県高山市の「飛騨高山宮川朝市」は、ともに地域の暮らしと観光を支えてきた伝統ある朝市として、これまで交流事業を続けてきました。
互いに山と海という異なる風土を持ちながらも、「人と人が顔を合わせ、言葉を交わし、暮らしの温もりを伝える」という朝市ならではの文化を大切にし、長年にわたり交流を深めてきました。
震災により途絶えた輪島朝市、それでも続く灯り
2024年の能登半島地震により、輪島朝市は大きな被害を受け、長く続いてきた朝市通りでの開催は途絶えることとなりました。
焼け跡を前に、出店者の多くが「もう一度あの場所で店を開けるだろうか」と不安を抱えながらも、「朝市を絶やしたくない」という強い想いを胸に、復興への歩みを続けています。
現在、輪島朝市は輪島市内のショッピングモール内で臨時出店という形で再開されています。慣れ親しんだ風景とは違っても、店先に立つ人々の笑顔や、常連客との何気ない会話は、確かに“輪島朝市らしさ”を取り戻しつつあります。
ぜひ輪島朝市にもいかれてみてください
輪島朝市が開催されています!
ショッピングモール内で臨時出店する輪島朝市。限られた環境の中でも、出店者の笑顔と客との会話が朝市の空気を生み出している
【今行ける能登】出張輪島朝市inワイプラザ輪島店


飛騨高山から輪島へ、心を寄せた訪問
2026年1月13日、飛騨高山宮川朝市組合は輪島朝市を訪問しました。
この場所に立ち、被災の現実を目の当たりにした組合員からは、「言葉にできないほど胸が詰まった」「それでも、前を向く皆さんの姿に力をもらった」といった声が聞かれました。
訪問は、単なる形式的な交流ではなく、同じ朝市を守る仲間として、復興を願い、想いを分かち合う時間となりました。
「必ずまた、元の輪島朝市に人が集まる日が来る。その時も、これからも、私たちはつながっていたい」
そんな言葉が自然と交わされ、互いの手を取り合う姿が印象的でした。

復興のなかの輪島
輪島朝市を訪問した飛騨高山宮川朝市組合関係者。出店者と語り合い、復興への想いを共有しました

交流はこれからも、未来へ向けて
輪島朝市と飛騨高山宮川朝市は、今後も相互交流を継続していく予定です。
物産交流や人的交流を通じて、それぞれの朝市の魅力を高め合い、地域を元気づける存在であり続けたいと考えています。
朝市は、単なる「買い物の場」ではありません。
人が集い、言葉を交わし、地域の歴史や想いが受け継がれていく、かけがえのない場所です。
震災という大きな試練を乗り越えようとする輪島朝市と、私たち飛騨高山宮川朝市。
両朝市の絆は、これからも人の心をつなぎながら、復興への道を照らし続けていきます。
全国へ広がる「出張輪島朝市」
― 想いとともに各地へ ―朝市を止めないために始まった「出張輪島朝市」
能登半島地震により、長年親しまれてきた輪島朝市通りでの開催が困難となる中、「朝市を止めてはいけない」「輪島の名前と文化を全国へ届けたい」という出店者たちの強い想いから始まったのが「出張輪島朝市」です。
現在、輪島朝市の出店者は全国各地のイベントや朝市、商業施設などに出向き、干物や海産物、輪島塗などの特産品を販売しています。
それは単なる物産販売ではなく、「輪島はいま、こういう状況にある」「それでも前を向いて頑張っている」という生の声を直接届ける場でもあります。
訪れた先では、「また輪島に行きたい」「応援している」という言葉が多く寄せられています。

高山朝市との交流
全国各地で開催されている「出張輪島朝市」。商品とともに、輪島の現状や想いが来場者に直接伝えられている
飛騨高山朝市でも実現した出張輪島朝市
こうした取り組みの一環として、2025年は飛騨高山朝市においても「出張輪島朝市」が実現しました。
飛騨高山宮川朝市・陣屋前朝市の場に輪島朝市の出店者を迎え、能登の海の幸や特産品が並びました。
店先では、「遠いところから来てくれてありがとう」「大変だったですね」と、来場者が自然と声をかけ、会話が生まれる光景が見られました。
同じ“朝市”を守り続けてきた高山の出店者にとっても、輪島の仲間を迎えることは特別な意味を持ち、朝市文化の絆を改めて感じる機会となりました。

心のつながり
飛騨高山朝市に出店した輪島朝市のブース。多くの来場者が足を止め、応援の言葉を交わしました

これからも続く、朝市同士の支え合い
飛騨高山宮川朝市と輪島朝市は、今後もこうした交流を大切にしながら、イベント的な形での出店を継続していく予定です。
定期的な出張出店や交流事業を通じて、輪島朝市の復興を後押しするとともに、朝市同士が支え合う関係を次の世代へつないでいきます。
「同じ朝市だからこそ分かり合えることがある」
その想いを胸に、飛騨高山と輪島はこれからも互いに行き来しながら、人の温もりと地域の魅力を伝え続けていきます。
**能登・輪島から、再び歩き出す
― それぞれの場所で続く復興への挑戦 ―**
暮らしの象徴として再び灯る「輪島朝市」
能登半島地震により、輪島のまちは大きな被害を受けました。
その中でも、日本三大朝市のひとつとして知られる「輪島朝市」は、長年続いてきた朝市通りでの開催が途絶えるという、かつてない状況に直面しました。
それでも出店者たちは「朝市を絶やしてはいけない」「またお客さんと顔を合わせたい」という強い想いを胸に、現在は輪島市内のショッピングモール内で臨時出店という形で営業を続けています。
慣れ親しんだ場所ではなくとも、店先に立つ人の声、商品を手に取るお客さんとの会話が、確かに輪島朝市の息づかいを感じさせています。
記憶を語り、未来へ伝える「語り部列車」
輪島から能登各地を結ぶのと鉄道では、震災の記憶と教訓を伝える「語り部列車」が運行されています。
列車内では、実際に被災を経験した語り部が、自身の体験や当時の状況、そして命を守るために大切なことを、乗客一人ひとりに語りかけます。
語り部の言葉には、決して誇張のない、静かで重みのある現実があります。
「忘れないでほしい」「同じことを繰り返してほしくない」
その想いは、観光として訪れた人の心にも深く残り、能登を“知る”きっかけとなっています。
復興とは、元に戻すことだけではなく、経験を未来につなげること。
語り部列車は、その役割を担いながら、今日も能登の線路を走り続けています。


車窓から感じた震災と復興の姿、涙のなかにある希望も
のと鉄道・語り部列車。静かな車内で語られる体験談が、乗客の心に深く響く
土地と向き合い続ける「輪島ワイナリー」
輪島市にある輪島ワイナリーもまた、復興の途上で歩みを止めることなく運営を続けています。
能登の風土と向き合い、地元産のぶどうを使ったワインづくりに取り組むこの場所は、「輪島で生き、輪島でつくる」ことを体現する存在です。
震災後は設備や環境面で多くの困難がありながらも、「この土地で続ける意味がある」「ここでつくるワインを待ってくれる人がいる」という想いが、スタッフを支えてきました。
一本のワインには、畑の手入れ、収穫、醸造といった時間だけでなく、地域への愛着と再生への願いが込められています。
復興の力を感じたワイン
輪島ワイナリー。能登の風土と向き合いながら、変わらぬ想いでワインづくりを続けている

それぞれの場所で、復興は続いている
輪島朝市、語り部列車、輪島ワイナリー。
形も役割も違いますが、そこに共通しているのは、「この地で続けること」への強い意志です。
復興は一朝一夕に成し遂げられるものではありません。
それでも、日々の営みを止めず、人と向き合い、能登の魅力を伝え続けることで、少しずつ前へ進んでいます。
輪島では今も、多くの人がそれぞれの場所で踏ん張りながら、未来への一歩を積み重ねています。
その姿は、訪れる人の心に確かな希望を残しています。



